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国会が死にかけているー世界平和アピール七人委員会ー

 投稿者:藤森治子  投稿日:2017年 6月14日(水)18時30分34秒 server121.janis.or.jp
返信・引用
 

            国会が死にかけている

                世界平和アピール七人委員会
  武者小路公秀 土山秀夫 大石芳野 小沼通二 池内了 池辺晉一郎 髙村薫

 かつてここまで国民と国会が軽んじられた時代があっただろうか。
 戦後の日本社会を一変させる「共謀罪」法案が上程されている国会では、法案をほとんど理解できていない法務大臣が答弁を二転三転させ、まともな審議にならない。安倍首相も、もっぱら質問をはぐらかすばかりで、真摯に審議に向き合う姿勢はない。聞くに耐えない軽口と強弁と脱線がくりかえされるなかで野党の追及は空回りし、それもこれもすべて審議時間にカウントされて、最後は数に勝る与党が採決を強行する。これは、特定秘密保護法や安全保障関連法でも繰り返された光景である。
 いまや首相も国会議員も官僚も、国会での自身の発言の一言一句が記録されて公の歴史史料になることを歯牙にもかけない。政府も官庁も、都合の悪い資料は公文書であっても平気で破棄し、公開しても多くは黒塗りで、黒を白と言い、有るものを無いと言い、批判や異論を封じ、問題を追及するメディアを恫喝する。

 こんな民主主義国家がどこにあるだろうか。これでは「共謀罪」法案について国内だけでなく、国連関係者や国際ペンクラブから深刻な懸念が表明されるのも無理はない。そして、それらに対しても政府はヒステリックな反応をするだけである。
 しかも、国際組織犯罪防止条約の批准に「共謀罪」法が不可欠とする政府の主張は正しくない上に、そもそも同条約はテロ対策とは関係がない。政府は国会で、あえて不正確な説明をして国民を欺いているのである。

 政府と政権与党のこの現状は、もはや一般国民が許容できる範囲を超えている。安倍政権によって私物化されたこの国の政治状況はファシズムそのものであり、こんな政権が現行憲法の改変をもくろむのは、国民にとって悪夢以外の何ものでもない。
 「共謀罪」法案についての政府の説明が、まさしく嘘と不正確さで固められている事実を通して、この政権が「共謀罪」法で何をしようとしているのかが見えてくる。この政権はまさしく国会を殺し、自由と多様性を殺し、メディアを殺し、民主主義を殺そうとしているのである。

 
 

南スーダンの今、「私は自衛隊に撃ってほしくない」

 投稿者:藤森治子  投稿日:2016年11月 7日(月)22時22分54秒 server121.janis.or.jp
返信・引用
 

こういう記録が読みたかったんです。「南スーダンの今」
朝日新聞アフリカ特派員 三浦英之氏のtwitter報告です。1~26まであります。
記者でさえ身の危険を感ずるこういうところへ政府は自衛隊を送り込もうとしているのです。事実をまず知りましょう。クリックしてぜひ読んでみて下さい。

*http://www.asahi.com/sns/reporter/miura_hideyuki.html asahi miura
「今こそが、日本の安全保障が正念場だから。私は自衛隊に撃ってほしくない」(三浦)


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「戦争法に賛成する議員には投票しない」宗教者の運動

 投稿者:藤森治子  投稿日:2016年 6月 9日(木)11時30分32秒 server121.janis.or.jp
返信・引用
 

仏教やキリスト教・イスラム教など、主催者発表で300人を超える宗教者・信者が、5月31日午後2時より、築地本願寺(東京都中央区)で「『戦争法』廃止・憲法改悪阻止をめざす宗教者・信者全国集会 『殺さない 殺させない』―今こそ、宗教者・信者として―」を開催。参加者は、7月10日に投開票が行われる参議院選挙で「戦争法に賛成する議員には投票しない」ことを呼び掛ける運動を全国に広げていくことを確認するアピールを採択したとのこと。以下はそのアピールです。私自身は無宗教者ですが、この趣旨には賛同できます。いろいろなところで、いろいろな人々が声を上げることがとても大切、と思って紹介します。

****************************************************

「戦争法」廃止・憲法改悪阻止をめざす宗教者・信者全国集会 アピール

この国は「今」、危機にある。
それは、70年の長きにおよぶ一人の戦死者を生み出さなかった歴史が、安保法制施行によって奪われようとしている「今」である。

それは、「過ちは二度と繰り返しません」と誓った先人たちの祈りを、憲法改悪への道筋によって踏みにじられようとしている「今」である。

それは、「経済成長」という虚妄を装いながら、実は敗戦の呪縛から自立しえない一部の政治家たちの都合によって、平和を愛する全ての人々の深い願いに応えようとしない「今」である。

しかしそれ以上に大きな危機は、この国の人々の沈黙である。

 憶えば、私たち宗教者は過去の戦時下において、為政者が掲げる「正義」を称賛し、「人間の愚かさ」に目覚めさせる宗教的使命をかなぐり捨て、いのち奪われた人々の戸惑いを国策に従うことに振り向け、人々を沈黙させてきた。まさに日本の宗教界は、言葉を失うほどの恥ずべき歴史を生きてきた。その歴史を生きるからこそ今改めて、私たち信仰を持つ者は、「人間の愚かさ」とは何かに思い至らねばならない。

 人は、身近に一人の戦死者が生まれた時、「殺られたらやり返せ」という微かな声に身を委ねてしまうほど誰しもが弱く、善悪を超えた深い闇に引きずり込まれていく存在なのだ。その時、人は過去を忘れ、同じ過ちを繰り返す。しかし同時に、その「人間の愚かさ」を超えて、怒り悲しむ声がある。

だからこそ今、信仰を持つ私たちは、一人の戦死者が生まれる前に、その「人間の愚かさ」を超えて、怒り悲しむ声をもって、人々の沈黙を破らんと思う。

その一歩として今、

 「戦争法」廃止・憲法改悪阻止をめざす宗教者・信者全国集会に集うた私たちは、来る参議院選挙において、「戦争法に賛成する議員には投票しない」ことを呼びかける運動を、一人一人の宗教的活動の現場から全国に広げていくことをここに確認する。

 2016年5月31日
 「戦争法」廃止・憲法改悪阻止をめざす宗教者・信者全国集会 参加者一同

 

斉藤美奈子氏の「本音のコラム」

 投稿者:藤森治子  投稿日:2015年12月 9日(水)17時19分59秒 server121.janis.or.jp
返信・引用
 

編集後記で、斉藤美奈子氏の「本音のコラム」を紹介したら、全文を読みたいという希望がありましたので、下記に転記します。

「左折の9条改憲」や「新9条論」を唱える高尚な坊やたちが、斉藤美奈子姐さんに、「敵に塩を送る気か、この甘ちゃんたちめ!」と現実的なタンカをきられ、叱られている情景が目に浮かぶようです。「左折の9条改憲」や「新9条論」が実現するような現実の力関係があるのならば、とっくに、戦争法案だって潰すことができているでしょう。憲法違反をしても何としても戦争ができるようにしたい権力がいて、それが難しいから、さまざまな意見があっても、立憲主義だけは守らせよう、というところでみんながまとまろうとしているのじゃないでしょうか。

現憲法は、9条に限らず、人類の叡智が表現されています。そのどれもが完全に実現されているわけではありません。人権条項の11条、12条、13条、14条、いずれもその途上にあるといっていいと思います。また思想や表現の自由を謳った19条、20条、21条、最低限度の生活を営む権利を保障している25条、等々未だ実現されるどころか、後退し始めています。なぜ9条ばかりに早急に完全性を求めるのか。9条を含め、現実を憲法に近づける努力こそが必要なことでしょう。その実現の過程は、紆余曲折があるでしょうが、掲げる憲法の理想を慌てて変える必要など全くないと思います。

「左折の9条改憲」や「新9条」を制定する困難なハードルを乗り越える気があるのなら、安倍政権を倒し、集団的自衛権を容認する閣議決定を破棄して、安倍政権発足前の状況に日本を「取り戻す」ことが先決ではないでしょうか。日和らないで、そのために連帯をしてほしいと思います。

************************************(以下東京新聞から引用)

《本音のコラム》(東京新聞11月11日)

敵に送る塩?     斉藤美奈子(文芸評論家)

 東京新聞(十月十四日)に続いて、朝日新聞(十一月十日)が「新9条」を記事にした。「平和のための新9条論」(東京)、「憲法論議に第三の視点」(朝日)だそうである。
 ま、議論だけなら、いくらでもおやりになればいい。だけど私が官邸の関係者なら「しめしめ」と思いますね。

 「東京も朝日も『つぶさなあかん』と思っていたが、意外と使えますよ、総理」
 「だな。改憲OKの気分がまず必要だからな。」

 新九条論者の意見は、二項「陸海空軍その他の戦略は、これを保持しない。国の交戦権、これを認めない」の改正を意味する。専守防衛に徹する、集団的自衛権の行使を禁じる、国連中心主義にする、外国の基地使用を許可しない・・・。

 いちいちごもっともである。でも「みなさまロマンチストだなあ」の思いも禁じえない。現行の条文でも「地球の裏側まで自衛隊を派遣できる」と解釈する人たちだ。条文を変えたら、おとなしく従うってか。新九条とはつまり、安保法論議の過程での禅問答に疲れ、「憲法を現実に近づけませんか」って話でしょ。それは保守政治家がくり返してきた論法だ。

 このタイミングで、あの政権下で、改憲論を出す。彼らはウハウハである。

 「あとは新九条論者と護憲論者の対立を煽るだけですよ、総理」
 「だな。もう新聞も味方だからな」

 

絶望のなかに光!

 投稿者:藤森治子  投稿日:2015年 9月19日(土)20時27分32秒 server121.janis.or.jp
返信・引用
 

共産党が、安倍政権打倒を一致点にした野党協力を呼びかけたそうです。
以下志位委員長の記者会見から。

「来るべき国政選挙――衆議院選挙と参議院選挙で、戦争法廃止を掲げる勢力が多数を占め、連合政府を実現するためには、野党間の選挙協力が不可欠です」

「安保法案廃案と、集団的自衛権閣議決定を覆す野党勢力の結集が必要。この一点で結集する立憲主義と民主主義を取り戻す国民政権の樹立を掲げ、解散総選挙を求める。野党間には安保条約の是非など違いがあるが、それを留保し団結すべき」

「その他の国民的課題についてもわきにおき、野党五党は一致できる。立憲主義と民主主義の回復はあらゆることの根幹にあるからだ。来るべき衆議院、参議院選挙での選挙協力については、これまで国政での一致が必要という立場をとってきた」

「しかし沖縄では、安保条約の是非を留保して、保守革新を超えた選挙協力を実現した。来るべき衆参選挙で、すべての野党が選挙協力を行うことを求め、共産党もそれに誠実に力を尽くします」

やれやれ、やっと共産党がその気になってくれましたか。民主党が政権を担うことになったときからずっと共産党もその中に入って、野党共闘、野党連合を、と言い続けてきましたから、感慨深いものはあります。この5月頃は市民の憲法集会を開いても、壇上で、民主党は共産党と手を繋ぐことさえ躊躇していたのですから。

この安保法案をめぐって、デモの人々の前に立ち、5党がしっかり手を組むようになったのです。民主党は政権に1回失敗をして謙虚になり、共産党も頑なに共闘を拒んできたのが、結局1党だけでできる限界がわかり、また他の野党とも組んでいける実力と自信も得てきた・・・そして事態は安倍自公政権下で、立憲主義と民主主義が危うくなりつつある。機は熟したというべきでしょう。

2009年の政権交代でそれが出来たら、こんな回り道をしないで済んだでしょうが、やはりここに至るにはそれぞれが相応の時間が必要だったのでしょう。そして、なにより、国会の外を埋め尽くすデモの群衆と接することにより、ぞれぞれの党の議員たちが「党利党略で、バラバラになっている時ではない」という時代の危機を痛感し、共産党がこうした決意を表明するに至ったのだと思います。こうした決意をさせたのは市民の力です。

それぞれの党はそのままで、とりあえず選挙協力をするという「オリーブの木」方式なのだと思います。この仕掛け人は小沢一郎かな?何はともあれ、安保法制成立で、がっくりきている時に、まるで深い絶望のなかからこそ希望が生まれる、みたいな朗報で、リベラル無党派としては大歓迎です。とはいえ、前途多難な道ではあります。焦らず時間をかけて「私たちの民主主義」を手にする道です。
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「Give peace a chance

 投稿者:末延芳晴  投稿日:2015年 8月18日(火)11時56分58秒 softbank126091120235.bbtec.net
返信・引用
          Give Peace A Chance

                By John & Yoko



今から46年前の1969年6月1日、モントリオールのクィーン・エリザベス・ホテル1738号室で行われていたジョンとヨーコによる「ベッド・イン」の最終日、二人は、ベッドの上でパジャマを着たまま、戦争の終結と平和の回復を祈って、「Give Peace a Chace」と歌いました。

この時、この歌を世界に向けて合唱する二人の胸に、日本の平和憲法、特に九条に謳われた「非戦の理念」が蘇っていたことは間違いありません。

ジョン・レノンは、日本が生んだ世界的な前衛アーチスト、オノ・ヨーコと結婚し、彼女を通して、憲法第九条の基本理念である「平和」と「非戦」の精神を学び、思想として血肉化することでこの歌を作ったのです。

二人の歌は、あの時代地球を吹き抜けていた「優しさ」と「非戦」の風に乗って、全世界に広がり、人種や国家、宗教、社会制度、歴史や文化の違いを乗り越えて、平和と幸福を求めて今という「生」を生きる、地球上のすべての人々に共有され、心の畑に「生和」と「非戦」の種を播いていきました。

そして、さまざまな紆余曲折を経て、少しずつではあるものの、「平和」と「非戦」という人類の共同願望(理念)は実現されつつあるように見えました。

だがしかし、それから46年後の今、平和と幸福を求めてすべての人々の理念の象徴と言ってもいい、憲法第九条の「非戦の精神」が、安倍晋三という一人の狂気の政治家の手によって、理非をわきまえない子供がおもちゃの人形を叩き割ってしまうように、叩き壊され、廃棄されようとしています。

戦争法案を国会で強行採決してしまうことは、私たち日本人だけでなく、平和を求めて生きる全世界の人々の希望と夢と、生きる根拠と使命感を叩き壊す、理不尽な蛮行以外の何物でもありません。

戦争法案に反対するすべての皆さん、いよいよ決戦の時は近づこうとしています。今、この時こそ、ジョンとヨーコの「Give peace a chance」を合唱しながら、街頭デモに集会に、そしてハンストや抗議の署名運動に立ちあがり、一人一人が手と手を、あるいは肩と肩を組みあい平和憲法を守るための巨大な市民の防波堤を築き上げようではありませんか。


     ジョンとヨーコによる
     「Give peace a chance」

     https://www.youtube.com/watch?v=B288XluNfv4

*歌と映像は、1969年6月1日、モントリオールのクィーン・エリザベス・ホテルの1738号室で、録音・録画されたものです。

下は、オノ・ヨーコさんが、ニューヨークのタイムズ・スクェア―の広告用の電光盤を使って行ったメッセージ・アートの展示写真です。



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「だれのこどももころさせない」デモに参加しました

 投稿者:末延芳晴  投稿日:2015年 7月27日(月)08時08分29秒 softbank126091120235.bbtec.net
返信・引用
  昨日午後3時から、京都市内の四条・烏丸の交差点、マルイ前で開かれた「子ども達を戦争に行かせない関西ママ・パパの会 河原町ジャック!”だれのこどももころさせない”アッピールとデモ」に参加してきました。

3時少し前にマルイ前に着いたのですが、すでに80人くらいのお母さん方は集まっていて、ビラや風船、花束などを参加者に配っていました。私も赤い風船とピンクの花束をもらって、待つことしばし、やがてアッピール集会が開かれ、京都市内外から集まったママさん方が、次々とスピーチし、憲法に違反するこの法案の危険性を訴え、「子供を守るためにも、法案を廃案に追い込み、武力でなく話し合いで解決する努力を重ねることで、日本の平和を守っていこう!」と訴えていました。



スピーチに立ったお母さん方は、いづれも子供さんを2人か3人をお持ちで、みなさん、やむに已まれぬ気持ちで集会に参加したとのこと。みんなで力を合わせて、話し合いの大切さ、平和の大切さ、子供のかけがえのなさを訴えることで、法案の成立を阻止しましょうとアッピールいたわけですが、どのお母さん方も、「こういう場で、人を前にして、政治の問題についてスピーチするのは初めてで」と口にしながら、臆することなく自分の意見を堂々と主張していて頼もしく思いました。

それと、これまで10年以上、「ガンジーの会」というネット上の公開組織を通して、平和を願う一市民として、ハンストを行ってきて、ややもすると孤立感に囚われがちだっただけに、お母さん方の手で、こういう開かれた形で、新しい市民の平和運動が立ち上がっていく現場に立ち合いうことができて、とても新鮮で、勇気づけられました。

アッピール集会はほぼ一時間続き、そのあと3列縦隊で、太鼓や笛を鳴らし、子供たちはお母さんに手をつながれ、歩けない赤ちゃんはお父さんが抱っこして、口々に以下のようなアッピール文をコールして、市庁舎前まで河原町を行進しました。

  戦争させない
  子どもを守る
  戦争させない
  大人も守る

  ママは 戦争しないと決めた
  パパも 戦争しないと決めた
  みんなも 戦争しないと決めた
  70年間決めてきた

  戦争の道具 作るのやめよう
  戦争の理由 つくるの止めよう
  だれの 子どもも ころさせない


これまでの街頭デモというと、労組とか政党組織、大学生の政治的運動組織が主体で、重苦しくて、近寄りがたいイメージが付きまとっていましたが、今回のデモは、主体がお母さん方と子供たちということで、明るく、にぎやかで、カラフルで、生活感が伴っていたことで、街行く人々からも「ガンバレー!」と声がかかったり、トラックの運転手さんがニコニコ顔でエールを送ってくれたりで、温かく、好意的に受け止めてくれていました。

ちなみに、デモ行進に移った頃には、参加者は300人くらいに増えていました。

今回のアッピール集会とデモは、3週間ほど前、京都に住む主婦の方がネット上でスタートさせた安保法制案に反対する署名運動がきっかけとなって立ち上げられた「安保関連法案に反対するママの会」の呼掛けに呼応して、京都在住のお母さん方が、「子ども達を戦争に行かせない関西ママ・パパの会」を組織し、街頭に出て反対の意思を訴えようということで実現したもの。東京の渋谷ではさらに大規模なデモが行われたそうです。

こうした形で、女性の手を通して平和を守るための新しい市民の運動が全国的に広がって行けば、九条の会と並んで、九条を守るための強固な市民の防波堤が構築されていくのではないでしょうか。

次回も参加するつもりです。
 

「だれのこどももころさせない」デモに参加しました

 投稿者:末延芳晴  投稿日:2015年 7月27日(月)08時00分16秒 softbank126091120235.bbtec.net
返信・引用
  昨日午後3時から、京都市内の四条・烏丸の交差点、マルイ前で開かれた「子ども達を戦争に行かせない関西ママ・パパの会 河原町ジャック!

”だれのこどももころさせない”アッピールとデモ」に参加してきました。

3時少し前にマルイ前に着いたのですが、すでに80人くらいのお母さん方は集まっていて、ビラや風船、花束などを参加者に配っていました。私も赤い風船とピンクの花束をもらって、待つことしばし、やがてアッピール集会が開かれ、京都市内外から集まったママさん方が、次々とスピーチし、憲法に違反するこの法案の危険性を訴え、「子供を守るためにも、法案を廃案に追い込み、武力でなく話し合いで解決する努力を重ねることで、日本の平和を守っていこう!」と訴えていました。

スピーチに立ったお母さん方は、いづれも子供さんを2人か3人をお持ちで、みなさん、やむに已まれぬ気持ちで集会に参加したとのこと。みんなで力を合わせて、話し合いの大切さ、平和の大切さ、子供のかけがえのなさを訴えることで、法案の成立を阻止しましょうとアッピールいたわけですが、どのお母さん方も、「こういう場で、人を前にして、政治の問題についてスピーチするのは初めてで」と口にしながら、臆することなく自分の意見を堂々と主張していて頼もしく思いました。

それと、これまで10年以上、「ガンジーの会」というネット上の公開組織を通して、平和を願う一市民として、ハンストを行ってきて、ややもすると孤立感に囚われがちだっただけに、お母さん方の手で、こういう開かれた形で、新しい市民の平和運動が立ち上がっていく現場に立ち合いうことができて、とても新鮮で、勇気づけられました。

アッピール集会はほぼ一時間続き、そのあと3列縦隊で、太鼓や笛を鳴らし、子供たちはお母さんに手をつながれ、歩けない赤ちゃんはお父さんが抱っこして、口々に以下のようなアッピール文をコールして、市庁舎前まで河原町を行進しました。

  戦争させない
  子どもを守る
  戦争させない
  大人も守る

  ママは 戦争しないと決めた
  パパも 戦争しないと決めた
  みんなも 戦争しないと決めた
  70年間決めてきた

  戦争の道具 作るのやめよう
  戦争の理由 つくるの止めよう
  だれの 子どもも ころさせない


これまでの街頭デモというと、労組とか政党組織、大学生の政治的運動組織が主体で、重苦しくて、近寄りがたいイメージが付きまとっていましたが、今回のデモは、主体がお母さん方と子供たちということで、明るく、にぎやかで、カラフルで、生活感が伴っていたことで、街行く人々からも「ガンバレー!」と声がかかったり、トラックの運転手さんがニコニコ顔でエールを送ってくれたりで、温かく、好意的に受け止めてくれていました。

ちなみに、デモ行進に移った頃には、参加者は300人くらいに増えていました。

今回のアッピール集会とデモは、3週間ほど前、京都に住む主婦の方がネット上でスタートさせた安保法制案に反対する署名運動がきっかけとなって立ち上げられた「安保関連法案に反対するママの会」の呼掛けに呼応して、京都在住のお母さん方が、「子ども達を戦争に行かせない関西ママ・パパの会」を組織し、街頭に出て反対の意思を訴えようということで実現したもの。東京の渋谷ではさらに大規模なデモが行われたそうです。

こうした形で、女性の手を通して平和を守るための新しい市民の運動が全国的に広がって行けば、九条の会と並んで、九条を守るための強固な市民の防波堤が構築されていくのではないでしょうか。

次回も参加するつもりです。

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安保法案

 投稿者:I NOT ABE  投稿日:2015年 7月15日(水)11時31分47秒 i180-63-236-34.s41.a010.ap.plala.or.jp
返信・引用 編集済
  現政権の支持率yahooでは初めから5%以下。安倍政権はそもそも票読取機ムサシ(安倍晋太郎が大株主)を操作して自民・公明の不正選挙で誕生した政権。(不正選挙裁判で政権と判事が結託してまともに扱わず、裁判所前で暴動になった動画が世界に発信済み)
憲法9条改正(憲法解釈の改定?)では国民の8割・憲法学者のほとんどが反対であるのに本日強硬採決しようとする安倍内閣は醜い。自分は戦争に行かず子供も居ないし歴史に名を残せる浅はかな理由で国民を悲惨な目に巻き込むのは残酷の極み。
アメリカを支配する金融マフィアの真の狙いは、TPPで日本の国民保険・国民年金の金融資産で入り口を農業でカモフラージュしてるだけ!!!
国民のことを考えない操り人形の安倍政権はうってつけである。
 

安倍首相の憲法第九条は禁治産者発言

 投稿者:末延芳晴  投稿日:2015年 7月 7日(火)07時58分25秒 softbank126091120235.bbtec.net
返信・引用
  今朝(7月7日)のヤフー・ニュースを読んでいたら、京都で弁護士をされている渡辺輝人という人が、「集団的自衛権を認めていない憲法第九条は、禁治産者のようなもので、恥ずかしい憲法である」という趣旨の発言を行ってきた安倍首相が、今、憲法第九条を盾に安保法制の正当性を主張していることの矛盾について、以下のように書いておられました。少し長いのですが、全文引用しておきます。

*****************************

高村正彦・自民党副総裁や、公明党・山口那津男代表、中谷元・防衛大臣をはじめ、与党幹部が過去の自らの見解や政府としての答弁をかなぐり捨てて、「安保法案」(戦争法案)や、集団的自衛権について、憲法9条に違反しない、と言い張っており、支離滅裂な発言をくり返しています。

そんななか、意外と顧みられていないのが、安倍晋三首相の過去の発言です。

安倍首相の憲法9条に対する基本的な見方

安倍首相の憲法9条に対する見方が端的に表れているのが、平成12年5月11日の衆議院憲法審査会での意見表明です。

集団的自衛権というのは個別的自衛権と同じようにドロワナチュレル、つまり自然権なんですね。自然権というのは、むしろこれはもともとある権利でありますから、まさに憲法をつくる前からある権利というふうに私は考えるべきなのではないか、こういうふうに思います。

そもそも、この集団的自衛権は、権利としてはあるけれども行使できないというのは極めておかしな理論であって、かつてあった禁治産者、今はありませんけれども、禁治産者の場合は、財産の権利はあるけれども行使できないということでありますから、まさに我が国が禁治産者であるということを宣言するような極めて恥ずかしい政府見解ではないか、このように私は思いますので、これは九条のいかんにかかわらず、集団的自衛権は、権利はあるし行使もできるんだろう、このように私は思います。(出典:平成12年05月11日 衆議院憲法調査会議事録)

要約すると、(1)集団的自衛権は憲法以前の自然権である、(2)集団的自衛権を有するが行使できないとする政府解釈はおかしな理論であって禁治産者であることを宣言するような恥ずかしい見解、(3)従って憲法9条のいかんにかかわらず集団的自衛権は行使できる、ということになります。

「恥ずかしいから」の一言で憲法9条を否定する恐るべき価値観ですね。「禁治産者」(平成12年4月に成年後見制度に移行し廃止)を「恥ずかしい」と述べる点にも、差別的な価値観が見てとれます。なお、日本国憲法で禁治産制度に概念が近い制度をあえて挙げるなら、憲法5条と皇室典範に定められた摂政の制度なのですが、安倍首相は摂政の制度も恥ずかしい、というのでしょうか。

官房長官としての政府答弁

一方、安倍首相は、小泉政権で官房長官だった平成18年4月17日の政府答弁で、下記の様に述べています。

憲法第九条のもとにおいて許される自衛権の行使は、我が国に対する武力攻撃が発生した場合に、武力攻撃から我が国を防衛するための必要最小限度のものに限られるという解釈でありました。集団的自衛権は、我が国に対する武力攻撃に対処するものではなく、他国に加えられた武力攻撃を武力で阻止することを内容とするものでございますので、権限としては有しているわけでありますが、行使は許されていないというのが政府の解釈でございます。

出典:平成18年4月17日 衆議院国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動並びにイラク人道復興支援活動等に関する特別委員会議事録
ちょうど1年前までの憲法9条に関する政府見解を綺麗に述べていますね。ここから分かることは、少なくとも、安倍首相は、私的な見解と政府の見解を分けて考えることができる人だ、ということです。私見から独立した国家の意思が存在することを認めるからこそ、私見とは全く違う政府見解を答弁することができるのです。

「禁治産者」で「恥ずかしい」から憲法違反をできるのか

自らの口から、自らの意に反した政府答弁を述べた安倍首相は、自らの意思に反していても、自分も含めて何十年にもわたって繰り返し答弁してきた憲法9条に関する政府見解を勝手に変えてはいけないことは分かっているはずです。それをやったら個人の意思からは独立した政府が、国民に向かって数十年越しのウソをつき、あわせて政府を縛っているはずの憲法を縛られているはずの政府がぶち壊すことになるからです。この間、憲法学者が火のように怒っているのもそのためです。それをやりたいのなら最低でも憲法9条の改憲を国民に訴えるべきでしょう。

それにもかかわらず、安倍首相が憲法を冒して政府見解を変えても平気でいられる心理の底には、上記のように憲法9条による集団的自衛権行使不可≒禁治産≒恥ずかしい、という安倍首相自身の見解があるように思えます。

安倍首相は上記と同じ平成12年5月11日の議事録で憲法の制定過程について以下のように述べています。

たとえ王様が裸であっても、裸であるということを、王様の権威の前へひれ伏してしまって言うこともできなかったという状況に似ていたんではないか、やっと王様は裸であるということが言えるようになったんではないか、私はこのように今思っているところであります。
(出典:平成12年05月11日 衆議院憲法調査会議事録)

裸の王様は誰なのか、今、攻守は反転しつつあるように思えます。こんな発想に基づいて、我が国の立憲主義を滅茶苦茶にされることだけは、避けなければなりません。

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