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藤森治子さんの「でんでん虫のつぶやき」より

 投稿者:「ガンジーの会」世話人会  投稿日:2014年 6月 8日(日)13時46分15秒 softbank126091120235.bbtec.net
返信・引用
  会員及び支援者各位

6月7日発行の「ガンジー村通信」最新号から、編集子の藤森治子さんのコラム「でんでんむしのつぶやき」掲載の文章を転載しますので、お読みください。

***********************************

「デンデンムシノつぶやき」/「ガンジー村通信」2014年6月7日号
 By 藤森治子

アカシアの花の季節です。木の下へ行くと、あたりに甘い香りがただよい、うっとりとしてしまいます。本当はニセアカシア、或いはハリエンジュというそうです。『トム・ソーヤ―の冒険』に「栄光のペンキ塗り」という章があり、高校の英語の教科書ではおなじみの教材でした。「夏の朝、ハリエンジュの花が満開で、花の香りが大気に満ちていた」という美しい描写から始まります。そこへ、ペンキの入ったバケツをぶら下げたトムが登場し、鼻をヒクヒクさせてかいだにちがいないlocust-treeの花は、きっとこの河川敷にはえているアカシアと同じだったろうなどと想像すると楽しくなります。

先日ジョージ・オーウェルの『動物農場』を読み直す機会がありました。再読は、より深く、また異なった視点からも味わえるので、新しい発見があります。G.オーウェルは『1984年』という近未来小説(もはやその1984年も過去となってしまいましたが)のほうが有名ですが、そのテーマは共通するものがあります。この『動物農場』は出版当時ベストセラーで、以来今日に至るまで絶えることのないロングセラーだということです。

1945年の初出版当時は、スターリニズムを批判したこの寓話のテーマが、旧ソ連と同盟を結んで大戦に勝利したばかりの英国では親露派が大勢を占め、そのため歓迎されない原稿だということは著者も予測していたようです。一方戦後の米国では、冷戦構造の中で、この寓話は旧ソ連への批判の書、反共のアイコンとして利用されるという運命をたどります。しかし、そのような歴史もすでに過去となりつつある今でも、世界中で読み継がれているということは、『動物農場』でオーウェルが提起した問題は、旧ソ連に限らず、イデオロギーが何であれ、「政治」というものが行われるところでは、どこでもファシズムや全体主義は起こり得ることだということを示唆しているのだと思います。

この初版本の序文にオーウェルが「出版の自由」というタイトルで文章を書いています。『動物農場』を書き上げてから、4社に出版を断られ、ようやく出版にこぎつけたのだとか。その経緯を振り返りながらオーウェルはこんなことを書いています。<英国における文章の検閲で気持ちが悪いのは、それが主として自発的なものだという点である。特に政府が禁止をしなくても、評判の悪い思想を黙らせ、不都合な事実を隠してしまうことができる。> 自主規制、今の日本の状況は、まさにこのようではありませんか?

今回読み直しながら、これは他人事ではないぞと思ったのは、権力をもつものによってルールがいとも容易く変えられていく過程でした。横暴なる人間についに反乱を起こし「動物農場」を打ち立てた動物たちは、以下のような「七戒」という戒律をつくります。( )は後にこの戒律の改竄されたもの。

1.二本足で歩くものはすべて敵である。
2.四本足で歩くもの、あるいは羽根があるものはすべて友だちである。
3.動物は服を着るべからず。
4.動物はベッドで寝るべからず。(シーツを用いて= with sheets)
5.動物は酒を飲むべからず。(過度に=to excess)
6.動物はほかの動物を殺すべからず。(理由なしには=without cause)
7.すべての動物は平等である。(しかしある動物は他の動物よりもっと平等である)

やがて、支配階級に変貌した豚たちが、これらの戒律を破る状態を他の動物たちに見咎められると、例えば4.5.6.のように、文末に(  )のように英語2語を付け加えることによって、あ~ら不思議、禁止事項が、「限定的な容認」を示す条文に反転してしまうのです。「禁酒」の戒律が「過度でなければ可」のように。安倍さんのやろうとしていることは、憲法9条に「集団的自衛権の限定的容認」を付加することで、9条の意味を反転させてしまうというこの豚たちの手法とそっくりなのです。


?
 
 

平野貞夫元参院議員、「日刊ゲンダイ」のインタビューで、安部首相は歴史を知らなすぎと批判

 投稿者:末延芳晴  投稿日:2014年 6月 2日(月)13時38分23秒 softbank126091120235.bbtec.net
返信・引用
  集団的自衛権行使を巡って与党協議が続く中、タブロイド紙の日刊ゲンダイが、行使容認は憲法を骨抜きにするものだという視点から、この問題について批判的見解を表明している政治・憲法学者や政治家のインタビュー記事を連日載せて、気を吐いています。

今日は、改憲論者でありながら、今、安部首相が進めている閣議承認で集団的自衛権の行使を容認しようとする姿勢は筋違いであると批判している小林節・慶大教授に続いて、元参議院議員で、九条との兼ね合いで難航した国連加盟を巡る交渉や冷戦下において、日本に再軍備を迫る圧力が強まる中、吉田茂首相はじめ歴代首相が、いかにして九条を楯に圧力を跳ね返してきたか、その経緯を内側から見てきた元参院議員・平野貞夫氏のインタビューをトップで掲載しています。

このインタビューで、平野氏は、安倍首相とその内閣、及び自民党の議員たちが、歴代の首相や自民党が、日本に再軍備を強いる国際世論(特にアメリカからの)の圧力を、9条を楯にいかにして跳ね返してきたか、その歴史的経緯をあまりに知らな過ぎると批判し、与党協に応じている公明党について、自民党内の反対意見を説得するために使われるだけ。今の公明党は自民党の一派閥でしかないと、厳しく非難しています。
以下に平野貞夫氏の発言要旨を記しておきます。

集団的自衛権の議論をどう見ているか。
 安倍首相もメディアも、あまりにも歴史を知らずにワーワーやっている。だから、歴史を踏まえた体系的な議論になっていないんです。こんなことじゃいかんですよ。
国会での議論は、朝鮮有事の際、日本人を米艦船で救い出す事例などを話し合っていますが、北朝鮮の金日成総書記が亡くなった後、1997年ごろですか、本当の危機があって、その時、アメリカ側と話し合っているんですよ。日本人をどうやって助け出すか、という議論です。米軍の船に乗せるなんていうのはあり得ないこと。米軍にそんな余裕があるわけないし、日本がやらなきゃいかんのです。ああいう事例を出すのは、バカな学者のイタズラですよ。

憲法の枠内で有事の際にどうすればいいのか。
 小泉内閣の時、私は自由党の国対委員長でしたが、有事立法の議論で、こう国会質問したんです。「国連主義と憲法9条の枠をがっちり入れて、日本の安全をどう守るかということをきっちりやりましょう。特別立法でバクテリアを増やすようなことではなく、安全保障基本法のようなものを作る。これ以上おかしくしちゃダメだ」とね。そうしたら福田官房長官がエレベーターの中で肩を叩いてきて、「平野さん、ぜひやりましょう」って。福田さんは、第1次安倍政権がつくった安保法制懇を棚上げして、事実上潰しましたね。解釈改憲なんかじゃなくて、ちゃんとやれということでしょう。そうしたら、第2次安倍政権が復活させて、こうなっている。爺さん(岸信介元首相)の仇(あだ)討ちをしたいというのかね。今までのやり方でできるもの、個別的自衛権でできるものをあえて、集団的自衛権と言いたいのでしょう。

集団的自衛権を巡る与党協議で公明党は歯止めになれるか。
公明党が、与党協議に入ること自体がおかしいですよ。与党協議の後に自民党に戻すわけでしょ。党内を説得するのに使われるわけです。自民党でまとめてから持ってこい、と言うべきでしょう。そうじゃなければ、政党政治じゃない。国民だって選挙の際に選択できないでしょう。今の公明党は自民党の一派閥です。

国連加盟申請と九条の問題
国連加盟申請当時から、先見の明がある人は集団的自衛権と9条の関係について、心配していたんですよ。これはすなわち、憲法9条が集団的自衛権を想定してないということの証しだし、果たして国連加盟の段階になって、9条のことが問題になっているんです。
その経過を、その頃外務省条約局長だった西村熊雄氏が1960年、政府の憲法調査会で正確に意見陳述をしています。私はそのころ、衆院事務局に入って1年目でした。60年安保の担当で。だから、鮮明に覚えています。すごく話題になったんです。西村さんは1946年11月から52年4月まで条約局長をやった。憲法制定から各国と平和条約を結び、日本が独立を果たすまで、もっとも重要な時の局長ですよ。

国連憲章の51条、つまり、加盟国は個別的集団的自衛権を行使できる、という部分と憲法9条の整合性について。
 西村さんは憲法調査会の陳述で、国連に加盟申請書を書く際、「日本は国連憲章から生ずる義務を忠実に果たす決意である」ことを宣言したあと、ただし憲法9条に関し、注意を喚起する1項を付け加えたのです。それはこういう文章です。「日本国が、国際連合憲章に掲げられた義務をここに受諾し、且(か)つ、日本国が国際連合の加盟国となる日から、その有するすべての手段をもって、この義務を遵奉(じゅんぽうすることを約束するものであることを声明する」
 つまり、一般的に義務は受託すると。しかし、〈日本国が有するすべての手段をもって〉と書いて、憲法上の制約のあるものは致しません、ということを裏から言ったわけです。西村さんは憲法調査会でこうも言いましたよ。「日本は軍事的協力、軍事的参加を必要とするような国連憲章の義務は負担しないことをハッキリいたしたのであります。この点は忘れられておりますけれども、この機会に報告しておきます」と。国連もそれは認めたんです。

冷戦時代に日本に対して再軍備せよという圧力はあちこちからあったが、歴代政権は9条を盾にはねつけてきた。
 自分から脅威をあおっているのは安倍さんだけです。冷戦時代は米国もソ連も日本に再軍備を迫っていたんです。それに対して、吉田茂さんは4つの理由ではねつけています。(1)日本の経済復興がまだ完全でなくして、再軍備の負担に耐えない(2)日本の今日にはまだ軍国主義の復活の危険がある(3)日本の再軍備は近隣諸国が容認するようになってからしなければならない(4)憲法上の困難がある。吉田さんは特に(2)は重要であると僕に言っていました。(2)も(3)も当時より、今の方が危険じゃないですか。これを日本人は思い出すべきですよ。なんで新聞は書かないのか。

小沢一郎の自衛隊とは別組織で国連に協力をすべきだというアイディアについて。
そうした考えが出てきたのも、こうした歴史的経緯があるからなんです。憲法9条があって、国連加盟の時の留保や吉田さんの理論を踏まえれば、自衛隊と別組織でやるしかない。つまり、国権の発動の武力行使ではない。国連の指揮下に入るものを提供する。それしかないのです。PKO法案の時に、そういう文章を作っていたら、社会党の土井たか子さんが「別組織にすれば党内を説得する」と言ってきた。彼女も憲法学者ですから、わかっていたのだと思います。

憲法順守と国際情勢のはざまで、歴代首相や自民党が知恵を出し合ってきた歴史を、安倍首相は無視して、「自分が最高権力者だ」という一言で、ひっくり返そうとしている。
 政治家は過去を勉強しなきゃいけない。自民党の人も勉強し、苦労してきた。真面目だったんです、われわれは。その意味では安倍首相は論外ですよ。いや、安倍さん自身は知らなくても周囲のブレーンは歴史を知らなければいけない。北岡座長代理は国連大使をやっていたんですよ。条約局長だった西村さんは亡くなる前、憲法が崩れてきた、と憂慮しました。今ごろ、怒り狂っていると思いますね。
 

中村哲氏が、「NGOを道具にしている」と安倍首相を批判

 投稿者:末延芳晴  投稿日:2014年 5月27日(火)04時16分19秒 softbank126091120235.bbtec.net
返信・引用
  昨日の毎日新聞によりますと、アフガニスタンで医療や農業などの支援活動を続けているNGO組織「ペシャワール会」の中村哲現地代表が、同紙のインタビューに応え、安倍首相が、集団的自衛権の行使を容認しなければならない理由の一つとして、「海外で活動する日本のNGO組織の安全性確保のためにも自衛隊の任務を拡大させる必要がある」としたことに対して、「NGOを道具にしている」と批判、首相が集団的自衛権の行使容認に踏み切れば、現地での危険が増すので、自分も撤退せざるを得ないと危惧を表明し、非軍事的手段による国際貢献の重要性を訴えたそうです。

中村氏は、このインタビューで、自身のこれまでの現地での活動を振り返り、「憲法九条を持つ日本は、戦争をしない国という信頼感を持たれており、それが『ペシャワール会』の現地での活動を守ってくれている」とし、平和国家日本のシンボルとして「九条」の重要性を訴えたそうです。

中村氏の発言要旨を箇条書きにまとめると、以下の通りです。

.欧米諸国がアフガンやパキスタンに軍隊を出したことから、現地住民の怒りや憎しみが増幅し、その結果、欧米のNGOの現地関係者は、テロの表定木となる危険性が高まったことで、活動拠点のジャララバードから撤退を余儀なくされている。

.にもかかわらず、憲法九条を持つ日本は、「戦闘に参加しない国」という信頼感があり、それが「ペシャワール会」の現地での活動を守ってくれている。

.欧米のように軍事力を行使し、日本人という崖でターゲットになるのであれば、当然自分も逃げる。

.安倍首相は「集団的自衛権の行使」を「限定的なもの」としたが、これは戦場に行ったことのない人間の発言であり、武器を持って衝突すれば、互いに恐怖心や防衛真が強くなり、歯止めが利かなくなる。ひとたび行使を容認するれば、際限がなくなる。

.安倍首相は、海外で活動するNGOを救出するために、自衛隊の駆け付け警護を認めることの正当性を唱えたが、これは集団的自衛権とは関係のない武器使用の問題で、首相は自らの主張を通すためにNGOを道具としている。集団的自衛権行使に賛成させるためにこじつけている印象は拭えない。

.国民の危機感をあおるのでなく、外交努力で不必要な敵はつくらないことこそ内閣の責任だ。
 

安保法制懇の報告書には、重大な「欠陥」

 投稿者:末延芳晴  投稿日:2014年 5月21日(水)13時15分59秒 softbank126091120235.bbtec.net
返信・引用
  今日の日刊タブロイド紙、日刊ゲンダイが、集団的自衛権の行使容認に向けた与党協議の前提となる安保法制懇の報告書に、重大な欠陥があると、一面トップでスクープしています。

もしかすると、この記事が、安部首相の野望を砕く決定打になるかもしれません。以下に記事全文を張り付けておきますので、読んでみてください。


**************************************
日刊ゲンダイ/5月21日記事

 集団的自衛権の行使容認に向け、20日から与党協議が始まった。週1ペースで開かれ、自民党は早期決着を急ぐ。だが、ちょっと待ってほしい。与党協議の大前提となる安保法制懇の報告書には、重大な「欠陥」がある。これをベースに解釈改憲を強行するのは大問題だ。

 15日に安保法制懇が安倍に提出した報告書の17ページ。第2章の「あるべき憲法解釈」に次のような記述がある。

<我が国が1956年9月に国連に加盟した際も、国際連合憲章に規定される国連の集団安全保障措置や、加盟国に個別的又は集団的自衛の固有の権利を認める規定(第51条)について何ら留保は付さなかった>

 だが、ここには2カ所の間違いがある。日本が国連に加盟したのは1956年12月18日だ。そして、その際、憲法9条との関係で、集団安全保障のための軍事行為には「留保」を付けているのだ。

そのことは、1956年から65年に設置されていた政府の憲法調査会の「報告書」に明記されている。1952年6月16日付で国連事務総長宛てに提出された国連加盟申請書において、<軍事的協力、軍事的参加を必要とするような国際連合憲章の義務は負担しないことをはつきりいたしたのであります>とある。この報告書は公文書だ。つまり、動かすことのできない歴史的な事実なのである。

■悪質な捏造か嫌がらせか

 衆院事務局出身で元参院議員の平野貞夫氏がこう言う。
「この『留保』があるから、その後の内閣法制局や政府の解釈が変な文書になったのです。湾岸戦争の際、私は国連平和協力法案の原型作りに関わりました。その際、当時の小沢一郎・自民党幹事長と憲法改正とともに、この部分についても国家の重要事項の変更として国民投票をすべきではないか、と話し合ったほどです。報告書を中心的にまとめた北岡伸一・法制懇座長代理は元国連次席大使ですから、これほど重大な事実を知らないはずありません」

単純なミスだとすれば、法制懇はそこまでシロウトなのか、ということになるし、責任問題に発展しかねない。

「知ってて<留保は付さなかった>と書いたのなら、憲法解釈について法制懇の論理を成立させるための悪質な捏造です。もしくは、事務方が法制懇の柳井座長や北岡座長代理を困らせるためにわざとやったのか…。いずれにしても、国民を冒涜しています」(平野貞夫氏)

 法制懇の事務局(内閣官房国家安全保障局)は、日付の誤りについては「何らかのミス」と認めたものの、留保の部分については「政府は有識者から報告書を受け取っただけ。答える立場にない」と逃げた。

 ならばと、北岡氏に質問状を送ったが、20日までに返事はない。
 その北岡氏は19日に開かれた自民党の会議で「(法制懇は)総理の私的懇談会なんです。正統性なんかそもそもあるわけがない」とメチャクチャな発言をしていた。

 私的とはいえ、税金から報酬を受け取っているし、法制懇の提言が与党協議でベースになるのだ。

 こんなデタラメな欠陥報告書で、平和国家の形を大きく変えようなんて許されない。平和の党を自任する公明党も、これを問題にすべきだ。
 

<安保法制懇が挙げる「グレーゾーン」は存在せず>(by田岡俊次氏)

 投稿者:藤森治子  投稿日:2014年 5月15日(木)22時59分10秒 server121.janis.or.jp
返信・引用
 

安保法制懇の報告書の提出に従って、首相の記者会見がありました。安保法制懇といっても、すでに懇談会の体裁は崩れて、ほんの数人が次々に変わる首相の要望を取り入れてまとめたようなものですから、つまり首相の、首相による、首相のための、変てこな報告書で、安保法制懇と首相は「二人羽織」のようなものです。

記者会見で、若い記者が手元の原稿を見ながらそれを読み上げて、首相に質問する場面を見ましたが、これじゃ負けるなと思いました。気力負けです。こんな日本の岐路を発表するような会見へは、もっとベテランの、自分の言葉で首相に迫るような記者を派遣すべきです。

それはともかく、首相の裏心みえみえのフリップを掲げた説明には、きちんとした知識がないと騙されてしまうかもしれません。そこで、田岡俊次さんの記事を見つけましたので転載します。これを読むと、グレーゾーンなどというマヤカシがいかにいい加減なものかわかります。首相の説明にもかかわらず、現状で十分カバーできる範囲なのですね。首相はどうしても「集団的自衛権」という言葉を使いたがっているのです。

<現行の法制度でも行えることをあえて「グレーゾーン」とか「集団的自衛権行使」と称するのは滑稽なカラ騒ぎだ。「集団的自衛権行使」の言葉に執着する安倍総理の面目を保ちつつ、公明党も反対しにくい事例を探し求めた苦肉の策か、とも思われる。>

これが田岡さんの結論です。そう言える根拠や法律まで解説していますので、理論武装したい方はどうぞ下記URLをクリックして全文をごらんください。全部で4ページです。

★diamond online 田岡俊次の戦略  目からウロコ

<安保法制懇が挙げる「グレーゾーン」は存在せず>
   首相のメンツを保つための苦肉の策
   
http://diamond.jp/articles/-/53006

 

New York Times 社説 「日本の平和憲法」

 投稿者:藤森治子  投稿日:2014年 5月11日(日)00時28分27秒 server121.janis.or.jp
返信・引用
 

日本の平和憲法
ニューヨークタイムズ社説 2014 年5 月8 日

日本の安倍晋三首相は日本軍の役割を拡大して、領土外で同盟国とともに戦う方向に突き進んでいる。彼のいわゆる「積極的平和主義」によってより広汎な地球規模での安全についての責任を担うことをめざしている。

しかし、彼の前には巨大な障害がある。憲法九条である。この条項は今年ノーベル平和賞候補にノミネートされたばかりであるが、「国権の発動たる戦争を永久に放棄する」と謳っている。軍事力行使の変更という安倍氏の目的は憲法の改定を必要とするが、これは両院での三分の二の賛成と、その後の国民投票を意味している。きびしい注文である。それゆえ、改憲ではなく安倍氏は憲法の内閣解釈を変えることで憲法九条を空文化することをめざしている。しかし、このような行為は民主的なプロセスを根底的に掘り崩すことになるだろう。

 安倍氏の最終的な目標は第二次世界大戦後に米軍によって起草され、日本国民に押しつけられた憲法を別のものと置き換えることである。過去67年間、憲法はその一語も改定されていない。憲法が日本の主権にとって邪魔くさい制約であり、時代遅れのものだと感じてる。しかし、批判勢力が指摘しているように、彼は憲法の第一の機能が行政府の力を制御することにあるということを知るべきである。憲法というのはときの政府の恣意によって改定されてよいものではない。それで構わないというのであれば、そもそも憲法などという面倒なものを持つ理由がなくなる。

このままことが進むなら連立政権の相手であり、平和主義的傾向の強い公明党だけしか安倍氏の野心を抑制することはできない。公明党抜きでは和え政権は参院での過半数を制することができないからである。安倍氏が公明党にも受け入れられるような憲法解釈を必死で探っているのはそのためである。他の八野党は混迷のうちにある。

 安倍氏は強い政治力を発揮しており、日本は民主制の真の試練に直面している。(Japan is facing a genuine test of its democracy) (内田 樹氏訳)

 

菅原文太さんの9条論

 投稿者:藤森治子  投稿日:2014年 1月13日(月)21時48分59秒 server121.janis.or.jp
返信・引用
 

「通販生活」という通信販売の季刊誌があります。この雑誌は、9条護憲や原発ゼロなどを社をあげて掲げており、そういうリベラルな立場の雑誌です。たとえば最近号では、<「憲法九条」を解釈で破壊してしまう安倍内閣の集団的自衛権の行使容認って、あまりにも横紙やぶりじゃないですか>という問題提起をし、枝野幸男、半田滋、孫崎享、の諸氏の意見を6ページにわたって紹介しています。

その同じ号(2014年春号)の山椒言(ただの巻頭言ではなくて、ピリリと辛口ということでしょうか)で、俳優の菅原文太さんが、まっとうに戦後を生きてきた人間ならだれでも「そうだ」といいたくなるような文章を書いています。転載しましたのでお読みください。

*****************************
通販生活 2014年春号  山椒言      菅原文太

日本人はアジア人。
アジアの隣国同士が融和して、
EU(欧州連合)ならぬAU(アジア連合)を
つくる方向へ進むべきだよ。

?

 俺はね、憲法は変えたらダメだと思っている。戦後68年間、日本がどこの国とも戦争をしないで経済を発展してこられたのは、憲法九条のおかげだよ。九条は世界に誇れる日本だけが持っている宝ですよ。

 ところが安倍政権になってから、急速に物騒な世の中になってきた。双方が自国の領土だと主張し合って決して譲らないのが領土問題のやっかいなところ。だからって、グローバリズムとかТPPとか経済の流れはどんどん国境を越えている現代に、国境問題で隣国同士が血を流し合ってどうするんだ。

 俺たちは、一に日本人,二にアジア人だよ。中国も韓国も隣り合っているんだから、これから先、否が応でもずっとつきあっていかなきゃいけないんだ。

アジアの他の国との関係も同じだろう。だからアジア各国が集結して、「EU」みたいな組織はつくれないのだろうか。名前は「AU(アジア連合)」がいい。

 ドイツとフランスは二度も世界大戦を戦い合った国だけれど、今はEUの主要国同士、絶対に戦争はできない関係をつくっている。「AU」をつくることで、中国、韓国をはじめアジアの国々の関係も変わってくると思うんだ。

 中国も韓国も反日ばかり言っている状況でAUをつくるなんて夢物語だ、みたいに思う人もいるだろうけど、反日の遠因は、日本人が過去の侵略戦争についてきちんと歴史を検証していないからじゃないのか。満州事変から日中戦争が終わるまでの中国人の犠牲者は、大変な数だったらしい。〈注・犠牲者数については諸説があるが、「高校日本史A・B」(実教出版)では軍民の死者数を一〇〇〇万人と推定している〉

韓国だって、日本が一方的に併合してしまったわけだろ。もう謝ったんだからいいじゃないかと開き直るんじゃなくて、かつての非は非として認めて、これからは々アジアの隣国同士、融和の道を進むべきだよ。

 ドイツでは、西ドイツ時代に当時のヴィリー・ブラント首相がワルシャワにあるユダヤ人のゲットー蜂起記念碑に出向いて跪いて献花したし、今は首都ベルリンのど真ん中にホロコーストで虐殺されたユダヤ人のための記念碑をつくっているじゃないか。東京のどこに、中国や韓国、アジアの犠牲者のためのモニュメントがある?

 AUがつくれれば、集団的自衛権の行使容認なんてことも必要なくなる。あれはアメリカの属国化をさらに進めて、アメリカの戦争に日本が参加していくためのものだ。

 フィリピンでは議会がアメリカとの条約の批准を拒否して、スービック海軍基地とクラーク空軍基地をアメリカ軍から返還してもらった。当時のエストラーダ副大統領は、「アメリカ軍がいなくなって経済は厳しくなったけれど、主権国家としての誇りは取り戻した」と言ったらしい。エライものだと思ったなあ。俺は日頃から言っているんだけれど、日本はB級国家でいいから誇りをもった国がいい。少しくらい貧乏になっても、ブータンのような幸福度世界一の国を目指してほしいよ。

 

世界に類を見ない「戦争神社」靖国神社の本質を考える

 投稿者:末延芳晴  投稿日:2014年 1月 5日(日)09時35分50秒 softbank126091120235.bbtec.net
返信・引用
  藤森様

大晦日のハンスト参加・終了、お疲れさまでした。

また一年間を通してのレギュラー・ハンスト(毎週月曜日正午から24時間断食)参加、ご苦労様でした。頭が下がります。

「終了報告」に、安倍首相の靖国神社参拝に関して、イギリスの国営放送BBCのニュースで、靖国神社が「War Shrine(戦争神社)」と報じられていたことを取り上げ、「『靖国』などという表現は日本でしか通じない言葉で、外国ではその本質をついて「戦争神社」なのですね」と指摘し、日本の総理大臣や閣僚、その他保守系の議員が靖国神社に参拝することが、中国や韓国のみならず、アジア、欧米諸国から批判を浴びるようになった原因について、「すべては、1970年代のA級戦犯の合祀から始まっている」と指摘されておられましたが、確かにその通りなのですが、さらにもう一つ、「A級戦犯合祀」の方ばかりに目が行って、より根本的に重要な原因である、この神社が、世界に類のない「戦争神社」であるという事実が見落とされてはならないと思います。

靖国神社問題でかねてから疑問に思ってきたことは、なぜ総理大臣が参拝してはいけないのかの理由として、いつも「A級戦犯の合祀」のみが挙げられてきたことです。参拝に抗議・反対する共産党や社民党、朝日や毎日などの全国紙も、一様に口をそろえて「A級戦犯合祀」を理由に、首相の参拝を批判してきました。中国や韓国など外国からの批判も、「A級戦犯の合祀」を理由に、批判・抗議をしてきています。

ですが、もしそれだけが理由だとしたら、「A級戦犯の合祀」が廃止されたら、総理大臣は自由に参拝していいのかという問題が残ってしまいます。しかし、問題は、「A級戦犯」が合祀されていようと、いなかろうと、総理大臣はじめ閣僚や政治家は靖国神社に、絶対に参拝してはいけないということなのです。なぜなら、BBC放送がコメントしたように、この神社は、今も日露戦争でぶんどってきた敵の大砲や銃器を境内に展示し、過去の戦争で日本軍と日本兵士がいかに勇敢にたたかったかを示す数々の遺品を遊就館や本殿に展示し、一日中軍歌を鳴らして、日本が戦った戦争がいかに正しかったかを声高に叫び、戦死された方々の魂を常に呼覚まして、もう一度戦場に駆り立てようとしているからなのです。

そうなのです、死者たちが静かに眠る「鎮魂」の場として一番ふさわしくない場、それこそが「戦争神社」靖国の本質なのです。

私は25年間アメリカで生活し、その間にヨーロッパにも度々訪れ、キリスト教の教会はじめ各種の宗教施設、さらにはワシントンのアーリントン墓地の無名兵士の墓などの埋葬施設を数多く見てきました。しかし、自国兵士がいかに勇敢に戦ったかを顕彰するための「War Museum(戦争博物館)」はいくつかありましたが、靖国神社のような戦争そのものを賛美し、死者たちを戦場に煽り立てようとする、危険でファナティック(狂信的)な「戦争神社」は一つもありませんでした。おそらく、アジアや中東、アフリカ、南アメリカ・・・・・世界中どこを探しても、靖国様な神社は見つけ出せないはずです。そうした意味で、平和憲法を国是とする日本に靖国神社が存在すること自体が、日本の恥じであり、その神社に日本国を代表する総理大臣が「犠牲なられた方々の冥福を祈るため」という理由で参拝することは、世界に対する犯罪行為であり、「恥」であるということなのです。

ルース・ベネディクトは、日本人の精神文化の本質を「恥の文化」と定義しました。自由民主党は「取り戻そう!日本を!」というキャッチ・フレーズを掲げて、先の衆院選で大勝しましたが、もし本気で「日本を取り戻そう」と考えているなら、当然、ベネディクトの言う「恥の文化」も取り戻さなければならないはずで、そうであれば安倍首相は、世界に「恥」をさらすことになる靖国神社参拝などは到底できないことになるはずなのですが・・・・・。

藤森さんは、安倍首相の靖国参拝に対して、国民、特に若い人たちの間から批判の声が挙がってこないことについて、「国内の報道を見ていて気がついたのは、首相の靖国参拝がなぜ各国からそのような批判を受けるかを、全く説明していなかったことでした。これでは若い人たちにもよく理解されないのはもっともです」と、書かれておられますが、まったくその通りだと思います、

「A級戦犯合祀」を理由に、首相の参拝を批判する社説を朝日や毎日新聞が掲げても、若い人たちは「A級戦犯って、何?」、「東条英機って、だれ?」で終わってしまう。ならば、どうすれば、若い人たちに、総理大臣が靖国に参拝することがいけないことなのかを分からせることができるのか?

私の考える答えは二つ。一つは、BBC放送のように、この神社の「戦争神社」としての本質を、靖国参拝に反対する政党やメディアは、具体的に、執拗に、徹底して暴き、国民に知らしめていくこと。具体的には、反自民の立場に立つ政党は、「戦争神社」靖国の実態を知らしめるパンフレットやポスターを作って、国民に配布する。新聞や雑誌、テレビ・メディアは、「戦争神社・靖国」を表から裏まで、徹底的に取材し、その実態を暴く記事や番組を繰り返し公にしていく。その際に忘れてならないことは、「靖国」とい名称の前には、必ず「戦争神社」をいう定冠詞を付け、「靖国神社=戦争神社」というイメージを、国民に植え付けていくこと。さらに、「九条の会」や市民の平和組織が中心になって、「戦争神社・靖国を考える会」を立ち上げ、学習会や討論集会、講演会などを開く。また朝日や毎日新聞、アメリカのニューヨーク・タイムズなどに、「安倍首相よ、あなたは戦争神社・靖国に参拝していけない!」という内容の意見広告を載せることなどなどです。

二つ目は、『ガンジー村通信』の2004年8月15日発行の「終戦記念日特集」に、私が寄稿した「九条を守るために靖国神社を見てこよう」の中で指摘したように、中学校や高等学校の社会の課外授業の一環として、さらには修学旅行の際に、学生たちにこの神社を参観させ、「戦争神社」としての実態を学習させること。

以上を踏まえて、結論として私が言いたいことは、「特定秘密保護法案」の強行採決と安倍首相の靖国参拝、そして「集団的自衛権」の解釈承認、改憲の四つは連鎖する鎖でつながっているということ。そして、この連鎖を断ち切る上で、中国や韓国だけでなく、欧米諸国からも批判の声が挙がっている安倍首相の靖国参拝問題は、今後新聞メディアが一層厳しく追求し、市民レベルでの平和組織が先頭に立って抗議の声を挙げ、国民の意識を覚醒させていけば、安倍首相と自民党にとって、大きな打撃になるだろうということです。

以下に、参考のために、10年前の8月15日、『ガンジー村通信』の「終戦特集号」に寄せた「九条を守るために靖国神社を見に行こう!」を、かなり長い文章ですが、全文転載しておきます。「ガンジーの会」は、10年も前に、九条を守る運動を成功させうる上で、靖国問題は避けて通れないことを認識し、指摘していた……そのこと念頭に置かれたうえで、読んでみてみ下さい。



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「九条を守るために靖国神社を見に行こう!」
2004年8月15日『ガンジー村通信」「終戦記念日特集号」掲載

 六年ほど前、家族と共にニューヨークから日本に引き揚げてきた時、一度だけ靖国神社を訪れたことがある。丁度桜が満開の時期で、そのころ、東京の桜の名所を歩き回り、写真に撮っていた関係で桜の花を見に行っただけのことで、靖国神社そのものにはまったく関心がなかった。

 いやむしろ、ファナティックな軍国主義国家日本を支えてきた国家神道の精神的、思想的バックボーンとして、この神社が果たしてきた歴史的役割とその犯罪性を顧みて、反感、あるいは拒否感の方がはるかに強かった。だから、一生涯足は踏み入れたくないと思っていたくらいで、桜の花が咲いていなければ、決して自分の方から足を向けることはなく、また、今、このような文章を書いているはずもない。

 しかし振り返ってみると、あの時、靖国神社に足を運んだことが、今年の一月26日に自衛隊のイラク派遣に反対するために「ガンジーの会」を立ち上げ、インターネットを介して24時間のハンガー・ストライキをスタートさせ、毎週一回、いや今では週に3回のペースでハンストを続けていることにつながっているような気がしてならない。

以下、この二つがどうしてつながるのか、59回目の終戦記念日を迎えるに当たって、その理由について書いておきたく思う。

 あの日、お昼前、うす曇りの空を見上げながら大きな鳥居をくぐり、参道を進むと、見事に咲いた桜の花の下で、花見客がビールを飲んだり、団子や焼きそばをほお張っていたり……そこには過去の戦争の暗い影はどこにもなかった。そんな平成の平和な花見風景を横目に見て、桜を見上げ、写真を撮影しながら境内を回っているうちに、私は、ある事実を発見して愕然と驚かされたのである。何に驚かされたのか? それは、靖国神社全体が、一種の過激な「戦争神社」、あるいは「戦争博物館」になっていて、いまだにあの戦争は正しかったのだということを、懸命に主張しようとしていたことに対してである。

 世界広しといえど、靖国のようにストレートに戦争を賛美した神社はほかにない。そのことを目の当たりに知って、私は、戦争放棄を謳った平和憲法を持つ国に、このような過去の軍国主義の生きた化石のような反動的神社が、今も残され、そこに戦没者の慰霊が眠り、総理大臣や閣僚級の国会議員が詣でているという事実に強い怒りを覚え、同時に、世界に対して恥ずかしいという思いに捉われたのである。

 私は、靖国神社が、「あの戦争は間違っていた。にもかかわらず、あなた方はあの戦争の間違いを証明するために死んでいった。だから、私たちは二度と戦争を起こさないため、二度とあなた方のような犠牲者を出さないために、不戦の誓いを立て、あなた方の霊を弔い、慰めるものである」と、国民に向かって懺悔と反省の意を表明し、平和主義の精神に立って、自らを「平和神社」として宣言し、再生を誓った上で戦没者を祀るのであるなら、それに対して何の異議も申し立てるつもりはない。

 そう、「靖国神社」が、「平和神社」と名を変え、実態を「戦争神社」であることから脱皮して「平和神社」、あるいは「九条神社」として生まれ変わったことを世界に対して宣言すれば、いわゆる「靖国問題」はすべてカタがつくはずなのだ。国家「君が代」の歌詞を「君が代は千代に八千代に……」から「民が世は千代に八千代に……」に変えれば、国歌をめぐる問題にカタがつくように。

 しかし、現実に私が見た靖国はそうでなかった。こんな時代錯誤の「戦争神社」に、戦没者祀られていていいはずがない。これは、死者に対する冒トクであり、犯罪である。そんな怒りに駆られて、桜を愛でる気持ちなどすっかり失せて帰ってきたことを覚えている。

 あの時、私がもう一つ憤りを覚えたのは、日本人、特に護憲派の知識人や文化人、ジャーナリスト、政治家(中でも革新系の政党政治家)、そして学者たちが、「戦争神社」としての靖国の現実をほとんど知らないということだった。なぜ知らないのか? 彼らのほとんどが、口では厳しく批判しながら、靖国に自ら足を運び、その目で境内の実態を見て回ったことが一度もないから。つまり、いまだに日露戦争当時の戦利品や、太平洋戦争当時の人間魚雷が過去に戦った「聖戦」の栄光を今日に伝える記念品として展示されたままになっている境内を歩き、本殿の裏手の庭の樹木に結ばれた戦死者の愛国的遺書や歌を読み、戦争賛美の展示品が並べられた記念館を見て回ったことがないからである。

 例えば、朝日新聞の月刊誌『論座』の最新号で、あの太平洋戦争の末期、学徒出陣し、戦争の無意味さを実際に体験した城山三郎と田英夫氏が対談し、靖国について批判している。しかし、この二人ですらが、靖国には足を運んだことがないと語っている。

 城山や田氏だけでない。おそらく、社民党の元党首、土井たか子さんのような政治家から「九条の会」を立ち上げた文学者や知識人、さらにはジャーナリストまで含めて、靖国神社について批判的な言説を行ってきた日本人のほとんどが、靖国を訪れ、その内側を表から裏まで見て回り、「戦争神社」としての実態を確かめたことは一度もないはずだ。過去の忌まわしい歴史に対する先入観と嫌悪感の方が先に立ち、あの大きな鳥居をくぐり、境内に足を運ぶこと自体が犯罪的で、恥ずべき行為であるという意識が働いてきたせいなのだろう。

 一方、毎年靖国に参拝する自民党の政治家はどうだろうか? ほとんどは、公用車で門前に乗り付け、神官の出迎えを受け、その先導で神殿に進み、参拝を済ませて帰るというスタイルで行われてきただけで、個人として神社の境内を見て回った人は、ほとんどいないはずだ。

 ましてや、直接的には戦争を体験していない小泉純一郎首相が、個人として靖国を訪れ、一体この神社は何なのだろうかと疑問に思いながら、見て回ったとは到底思えない。要するに、この神社の実態が世界に類を見ない「戦争神社」であることをまったく知らないまま、小泉首相は靖国神社に参拝してしまった。もし、小泉首相がそのことを知っていたなら、戦没者の慰霊に頭を下げながら、「二度と戦争を起こしてはいけないと思った」などと、馬鹿気たことが言えたはずがない。「戦争神社」に参拝して不戦の誓いを立てることは、暴力団の団長の前で「非暴力」の誓いを立てるのと同じように、子どもでも分かる矛盾した、馬鹿げた行為であるからである。

 にもかかわらず、小泉首相は、総理大臣になってから何度も靖国に詣で、そのつど、「不戦の誓いを立ててきた」と公言してはばからなかった。それに対して、マスコミを先頭に、国民世論から大きな反対の声が上ったわけだが、その理由は、大きく分けて二つある。一つは、「A級戦犯」が合祀されているから、もう一つは、中国や韓国などアジアの隣国が強く反対しているからというものである。 私は、この二つとも的を得た正当な反対理由になると思う。

 しかし、より本質的には、「戦争神社」である靖国で不戦の祈りを捧げることの矛盾こそが指摘されなければならないだろう。にもかかわらず、誰もこの矛盾に気づいていないため、「戦後日本の平和と繁栄の礎となった戦没者の方々を追悼し、不戦の祈りを捧げてきた自分のどこが悪い!」という小泉首相の開き直りを、本質的に打ち砕く言説を展開することができないまま来てしまったのである。

 さらにまた、一層不幸なことは、前述したように、戦後の護憲派の政治家や知識人、ジャーナリストのほとんどがこの矛盾を見抜いてこなかったことである。確かに、彼らは、天皇絶対主義の超軍事国家、日本の精神的支柱として機能し、結果として多大の犠牲者を生み出し、日本が、敗戦と国土崩壊、さらに民族絶滅の危機にまで追い込まれていく上で、靖国神社が果たした犯罪性を、ことあるごとに指摘し、批判してきた。しかし、過去の犯罪性は、「反省しています』という言葉で許されてしまう。加えて、膨大な数の戦没者の遺族が靖国の存続を望む以上、靖国は消滅しない。そして、日々存続し、参拝者が絶えないという事実が積み重ねられ、結局、靖国の存在そのものが既成事実化し、いつの間にか、国民意識の中で、靖国は「あるもの』として受け入れられてしまう。

 要するに、靖国を根底的に批判するには、「今、現在」、靖国神社が犯している犯罪性が指摘され、指弾されなければならないのだ。そこで、靖国が今も犯罪的な存在である証拠として持ち出されるのが、前述したとおり、東条英機ら「A級戦犯」が合祀されているという事実である。だが、この事実も、よく考えてみると、証拠としての妥当性とインパクトに欠けているといわざるを得ない。なぜなら、東条英機ら「A級戦犯」の名が、靖国の名簿から外されれば、靖国の存在は認められ、総理大臣らの参拝も許されてしまうことになる。そして、戦犯合祀を理由に靖国を批判してきた護憲派の政治家や知識人、言論人は、批判と反論の足場を失ってしまうことになるからである。

相手を批判する時には、私たちは、相手の実体と本質を先ず見極め、何が間違っているかを見定めておかなければならない。その意味でも、私たちは、今の靖国神社の「戦争神社」としての存在と機能のあり方そのものが、世界に例がなく、日本の恥を世界に曝していること、そして平和憲法そのものを裏切っているという視点から、靖国批判の視座を構築していかなければならないのだ。

にもかかわらず、私の知る限り、この矛盾を正確に認識し、「戦争賛美の神社に一国の総理大臣が参拝してはいけない」という言い方で、小泉首相の靖国参拝を批判していたのは、なんとあの自民党の元幹事長で、保守本流の中でも最も自民党的な寝業師と言われてきた野中広務氏だけである。この皮肉な事実の中に、戦後の革新系政党や進歩的知識人による靖国批判や自衛隊批判、あるいは憲法擁護の運動が、平和を求める国民感情と本質的に深くリンクできなかった最大の理由があるといっていい。

 私は、戦後の日本が健全な民主国家として成長できず、また欧米型の真の市民社会が育たない最大の原因が、主権在民という憲法上の大原則が、皇室の存在を認め許したことで、根底から裏切られていることにあると思ってきた。つまり、憲法そのものが抱える矛盾(嘘)が、戦後日本のあらゆるレベルにおける、精神的、道徳的腐敗と欺瞞の原因となり、真の民主主義国家と市民社会の発展を阻害してきたのである。

 ところが、靖国を訪れたことで、私は、もう一つ戦後日本の欺瞞的体制を生み出す原因があることを知った。それは、平和憲法によって、武力を放棄し、戦争を放棄したはずの日本が、戦没者の慰霊を祀るという美辞麗句で飾り立てながら、実態は「戦争神社」、「戦争博物館」に過ぎない靖国の存在を許し、国を代表する総理大臣が、「死者を慰霊し、平和を祈る」という口実で、詣でてきたという事実である。

 自衛隊が憲法違反であるという前に、靖国こそが憲法違反であることが指摘されなければならなかったのだ。靖国が「戦争神社」であり続けることを許した、そのことの中に、憲法に違反することを知りながら自衛隊が作られ、世界有数の軍隊にまで肥大化させ、結果的にイラクへの派兵まで許すことになった最大の原因があったのである。

 そうした意味でも、靖国神社は、過去の犯罪性だけでなく、現在の犯罪性、すなわち、その存在そのものが、平和憲法の精神を踏みにじり、九条の空文化、ないしは廃棄の動きを支え、日本の軍国主義化と右傾化を不断に推し進めようとする力の源泉として機能していることに対して、批判の矢は放たれなければならない。

 再び言おう、靖国神社を「戦争神社」として、その存在を許し、放置しておいたことが、今回の自衛隊のイラク派兵の最も直接的な原因となったのである。この文の書き出しの部分で、私が、6年前、靖国を訪れたことが、今回、自衛隊のイラク派兵に反対して、ハンストに立ち上がったことにつながっていると書いた理由がここにある。

 憲法は、一つの国がよって立つ根本理念の表現であり、その国に生きる国民との間に交された契約であり、国家としての倫理の源泉でもある。今、日本国憲法の根本理念を二つに要約するとすれば、一つは「主権在民」であり、もう一つは「戦争放棄」と「絶対平和主義」である。このうち、前者の「主権在民」は、欧米諸国の憲法に普遍的に書き込まれている理念であるが、後者の「戦争放棄」と「絶対平和主義」を掲げた憲法は、過去、および現在共に、日本国憲法を除いてほかにない。つまり、「戦争放棄」と『絶対平和主義」とを憲法理念としてい戴くことによって、日本は、この地球上、そして人類史上、唯一無二の国たりえる契機をつかんだわけである。確かに、あの戦争と敗戦によって失ったものは余りに大きかった。しかし、逆にまた、手に入れたものも、途方もなく大きかったのである。

 ところが、誰も予測できない形で、この二つの理念の根底に、理念そのものを空洞化し、無意味化する仕掛けが仕組まれていたのである。そう、象徴天皇制と靖国神社の温存という。

 だがしかし、天皇制を温存させたことが、世界史における日本国憲法の唯一無二性を失わせたわけではない。イギリスを筆頭に、「主権在民」の民主主義を採りながら、王室制度を採用している国は少なくないからである。つまり、象徴天皇制は、「主権在民」の理念を空洞化することによって、日本人の倫理的退廃を生み出す源泉とはなったが、日本の再軍備を促す原動力となったわけではない。

 ならば、いったい何がその原動力となったのか? これまで書き連ねてきたことから明らかな通り、靖国神社こそがその正体だったのである。その意味で、より犯罪性が大きいのは、靖国神社を温存させたことで、平和憲法が骨抜きにされ、結果として、日本を人類史において、戦争放棄を初めて憲法で宣言した平和国家としての特権的地位から失墜させ、並みの軍事国家に堕落させてしまったことである。

 しかも、靖国神社は天皇の赤子として戦死していった日本人の霊を祀ることで、天皇制と日本の再軍備化を結びつける「要」のようなものとして機能してきたのである。私は、この人類に対する裏切りに等しい、狡猾なグランド・プランを誰が作り、誰が推進してきたのか知らない。しかし、あの戦争が終わった直後から今に至るまで、ひそかにこのプランに沿って、日本の軍国主義化を狙い、九条を廃棄させようとしてきた人間が、太平洋を挟んで日本とアメリカの側にいたこと、そして現にいることは間違いない。もちろん、ブッシュは、そうした人間たちの本音を代弁し、プロジェクトを実行に移すために選ばれた大統領であった。

 現に今、自衛隊のイラク派遣によって平和憲法の根本精神が踏みにじられ、第九条廃棄の目論見が、政治的なプログラムとして、具体的日程にまで上ろうとしている。事態をここまで悪化させた原因の一つが、護憲派の政治家から、言論人、ジャーナリスト、市民の平和運動家まで、靖国の実態を見極めることなく、憲法の基本精神を根底から裏切る「戦争神社」が存在することの矛盾と欺瞞性を指摘することなく、許してきてしまったことにあることを、もっともっと私たちは認識していかなければならない。そしてまた同時に、この「戦争神社」の存在それ自体が平和憲法を犯していることを、広く国民に周知させていく必要がある。そのためには、まず、私たち自身が、靖国を訪れ、その「戦争神社」としての実態を見極めて行くことが、喫緊の課題となるであろう。

 だが、いかに私たち、すでに高齢者の域に達してしまった日本人が、靖国の本質を見抜いたとしても、それをより広く、国民に伝えるのは至難の技と言っていい。特に、戦争をまったく知らない若い世代の日本人に対して、いかにして戦争を語り、戦争の悲惨さを伝えていったらいいのだろう?

 先月24日、「九条の会」の設立・発起を記念して、東京のホテル・オークラで、ノーベル賞作家の大江健三郎氏や小説家の小田実、井上ひさし、評論家の加藤周一、鶴見俊輔氏ら発起人が集まり、講演を行った。それぞれが自身の戦争体験を振り返り、戦争の悪を語る言葉は重く、「九条」擁護と護持に向けて、身を挺して最後まで戦うという講演者一人一人の熱い思いは、強く、深く私の胸を打った。そして、ここに言葉の力によって、平和憲法を守り通そうと覚悟を固めた人たちがいることを確認して、私は、半年前ハンストリレー・マラソンをスタートさせて以来、私を悩ませ、苦しめてきた孤立無援という思いを、ようやく払拭することができたのである。

 だが、講演が終わり、夕暮れ方、渋谷に出て、屈託ない表情でストリートを歩き、たむろする若者たちを見て、私は再び絶望的な気持ちに沈んでしまった。なぜなら、大江さんの話も、鶴見さんの話も、講演会に集まった50歳以上の聴衆には理解され、それぞれの重みは共有されるだろうが、今、渋谷の空間を歩く若者たちにはまったく伝わらないし、100%確実に共有されないことが分ってしまったからである。大江健三郎に象徴される世代の日本人と、渋谷を歩く若者に象徴される日本人とでは、まったく別の世界に住む別人種であり、異人種である。そして、この二つをつなぐメディアとして、言語はほとんど無力である。

 この体験を通して、私は、一つのことを思い知らされた。それは、圧倒的な勢いで、活字離れが進む現代社会において、言語によって戦争を若者たちに語り、その悲惨な実態を伝えることには、おのずから限界があるということである。だが、それなら、私たちは、何によって、若者たちに伝えたらいいのか? いや、伝えるのが根本的に無理なのなら、何を契機にして、若者たちは、自身の問題として戦争に出会い、その「悪」の本質をリアルにイメージし、反対するにせよ、賛成するにせよ、戦争に対する基本的な考え方と姿勢を、自分たちのメッセージとして世界に向けて発信していくことができるのか?……。

 そう考えた時、私の頭にひらめいたのは、ジョン・レノンの『イマジン』だった。そう、もう15年も前、東西の壁が解体し、地球の上から戦争を生み出す悪がなくなったと世界が信じた時、人類全体の平和ソングとして歌われたあの『イマジン」である。 なぜ『イマジン』が浮かんできたのか? その理由は、若者たちの感じ方や考え方のベースにあるのが音楽であり、『イマジン』に象徴される平和と愛の祈り、あるいはメッセージは、若者の胸にストレートに入っていくに違いないと思ったからである。書かれた言語より、メロディやリズムに乗って歌われ、演奏される反戦の歌や詩のほうが、はるかにストレートに若者の心に入っていきやすい。

 平和憲法を、そして第九条を、永遠の日本の国是として守り、子々孫々に伝えているために、あの戦争の悲惨さを体験した世代の日本人は、可能な限り言葉の力によって戦争の悲惨さを、そして平和憲法のかけがえのなさ、尊さを若い世代の日本人に伝えようと努力してきたはずだ。そうした努力の結果として、戦後の日本文学は、20世紀における「戦争文学」として空前の成果を収めたと言っていいだろう。

 しかし、音楽はどうだろうか。あの悲惨な原爆投下や空襲、そして無意味な敗戦がもたらしたもののどれだけが、たとえば、交響曲や室内楽、あるいはオペラやオラトリオといった形式で表現されただろうか? 果たして、私たちは、音楽というメディアを通して、戦争と全面的に向かい合ってきたといえるのだろうか?  そう考えてきて、私の中で一つだけ、戦争と向かいうる音楽の可能性として浮かび上がってきたのがロックだった。ロック・ミュージックは、若者の心に圧倒的な影響力を及ぼすニュー・メディアである。60年代、ベトナム戦争の泥沼化に苦しむアメリカにあって、反戦・平和、反体制の文化運動を支え、推し進めた原動力の一つは、間違いなく、ニュー・ミュージックとして台頭し、時代の風に乗って、全世界に広がっていったロックやフォーク・ミュージックだった。

 ところが、日本はどうだったか? もちろん、ビートルズヤローリング・ストーンズのロックやボブ・ディランのフォーク・ミュージックを筆頭に、欧米のニュー・ミュージックは怒涛の勢いで日本にも流れ込み、和製ロックやフォーク・ミュージシャンも出現した。しかし、反戦・平和や反体制的メッセージを歌ったロックやフォーク・ミュージックは育たなかった。100年前、パリの万博に出演し、大センセーションを巻き起こし、欧米にジャポニスム台頭の口火を切った川上音二郎一座が、パリで録音した「オッペケペ節」のレコードをCD復刻版で聴けば解るとおり、日本の大衆芸能集団は強烈な権力批判を、破天荒な集団パフォーマンスを通して行っていた。しかし、その伝統はすっかり廃れ、60年代のロック全盛期においても、蘇ることはなかったのである。

 あれから30年余、自衛隊が海外に派遣され、憲法第九条が実質的に廃棄されようとしている現在においてさえ、若者の間からこの現実を批判する音楽は聞こえてこない。だが、この絶望的な状況において、救いがまったくないことはない。それは、今の若者が、私たちが同世代であったころより、比較にならないくらい、鋭く、深く、先端的に世界の音楽を聞き込み、感性のレベルで消化しきっていることである。何か一つのきっかけで、それが創造的レベルにスィッチ・オンされれば、堰を切った洪水のように、時代の現実を真っ向から批判し、変革を求める音楽が出てくるはずなのだ。日本の若者に残された唯一の可能性は、そこにしかない。

 たとえば、「九条」の条文そのものを歌詞にしたロック、あるいは「君が代は千代に八千代に……」の歌詞を「民の代は……」に歌い替えた『君が代』ロックが、35年前、ウッドストックでの音楽祭の最終日、ジミ・ヘンドリックスが弾いた「星条旗よ永遠なれ!」のように演奏され、歌われる。そのような形で、音楽を通して、「九条」の精神が若者たちの血肉と化していく。そう、今、私が、ただ一つ将来に対して明るいイメージを抱きうるのは、音楽する若者たちであり、彼らが「九条」や『君が代』をロックする姿だけである。

 だが、彼らは、いつ、どのようにして創造的きっかけを掴み取ることができるのだろうか? いや、彼ら自身に掴み取るができないのなら、彼らの親の世代の属する私たちが、彼らにつかみ取らせるような場をセット・アップすることができるのだろうか? そこまで考えてきて、私の中に今、一つ新しいアイディアが生まれてきた。それは、修学旅行や夏休みの旅行で東京に出来た高校生や中学生に、ぜひとも埼玉県大宮の「ジョン・レノン・ミュージアム」を訪れさせるということである。

 いわば不登校の不良少年として育ったジョン・レノンが、いかにして音楽、特にロック・ミュージックと出会い、人間として生きる道を発見して行ったか、そしてオノ・ヨーコという日本人前衛アーチストと出会い、愛し合うことを通して人間として蘇り、『イマジン』という永遠の反戦平和音楽を創るに至ったか、そのプロセスを展示を通して辿ることで、少年たちは、音楽という平和的なメディアによって世界と関わることの大切さを学び、戦争や武力によっって人を支配し、不幸に貶めるような方向だけは避ける形で、自らの人生を組織化していこうと、決意を固めるだろうから……。

 だがしかし、話はここで終わらない。私の中でひらめいたもう一つの取っておきのアイディアは、日教組からは大反対を食らうかもしれないが、その後で少年たちを靖国神社に連れて行き、境内をしっかりと見て回わらせるということである。そうすることで、彼らの内の何人かは、この「戦争神社」の時代錯誤性と危険性を見抜き、平和と不戦、非暴力の思いを胸に、これからの人生を生き抜く気持ちを固めるようになるかもしれない。

 靖国神社を訪れる日本人のほとんどは、戦没者の遺族やその関係者、あるいは右翼的な考え方の持ち主であり、普通一般の日本人は訪れようとしてこなかった。だから、大多数の日本人、特に若者たちは、靖国が「戦争神社」であることを知らない。新聞やテレビ・メディアが、靖国の実態を暴く報道もしてこなかった。その結果、靖国問題の本質は、「A級戦犯合祀」の問題に単純化され、「戦争神社」としての実態は覆い隠されたまま、今日まできてしまったのである。

 さてそれなら、今、私たちは何をしなければいけないのだろうか? 結論として、私が言いたいのは、「A級戦犯合祀」の問題が解決されようと、戦没者のための国立の共同墓苑が設立されようと、「戦争神社」としての実態を改めない限り、靖国神社は憲法に違反する存在であり続け、平和憲法の根本精神をなし崩しに空洞化させ、日本を軍事国家として再生させる力の源泉として機能し続ける危険があることを徹底的に認識し、批判する視点と言説が、全国民的広がりの中で、確立されなければならないということである。 その意味で、私は、「九条の会』のような組織が、靖国問題に積極的に取り組み、議論を深めていってくれることを強く願っている。

 今こそ、私たちは、靖国の実態をこの眼で確かめ、戦争賛美の体質を暴き、徹底的に批判しなければならない。そのためにも、この夏、少しでも多くの日本人が靖国を訪れ、その危険な本質を、自身の目で見抜いてくれることを願ってやまない。
 

Re: 自衛隊がイラク派遣に反対する市民団体を監視(10月26日付-朝日新聞社説より)

 投稿者:「ガンジーの会」代表:末延芳晴  投稿日:2013年11月 6日(水)23時35分40秒 softbank126091120235.bbtec.net
返信・引用
  CK様

私たち「ガンジーの会」への日頃のご支援、ありがとうございます。

また、先日は、私たちのHPの[九条を考える」のコーナーに、書き込みをしていただき感謝致しております。

そのなかで、「ガンジーの会が(自衛隊による)監視の対象になった形跡はあったのでしょうか」というお問い合わせの件ですが、間違いなくあったと思います。そう考える理由は二つあります。

第一の理由は、2005年の1月26日、自衛隊のイラク派遣と政府・自民党による九条廃棄の動きに反対するために、「9の日・9条・ハンストイン」を立ち上げ、同月27日午前0時から、24時間の一斉「ハンストイン」のスタート宣言を行った際に、その直後から私たちのHPにネット右翼からの猛烈な批判、非難、誹謗の書き込みが行われました。いわゆる「あらし」と呼ばれる攻撃は、半年以上続いたわけですが、その間に、間違いなく自衛隊か防衛庁に関わっていると思われる何人かの人物から、私たちの運動を批判する書き込みがかなり執拗に行われたからであります。

ただそれらに対して、こちら側から、粘り強く、かつ理性的に反論していった結果、そうした批判の書き込みは次第に消えていきました。

第二の理由は、東京で世話人会とか記者会見を開いたおりに、いかにも怪しいと思われる人物が出席してきたことが何度かありました。ただ私たちの会の実態と活動内容を知ったうえで、危険な組織ではないと判断したのか、ある時期からそう人物が接近してくることはなくなりました。

以上、簡単ですが、お返事を差し上げる次第です。

尚、私たちとネット右翼、さらには自衛隊関係者や自衛隊の意向を受けたものの批判、非難の書き込みと、それらに対する私たちの側からの反論のやり取りは、会報「ガンジー村通信」に収録されておりますので、興味がおありでしたら、そちらの方をご参照ください。

ちなみに、ガンジー村通信」の過去の記事を読むには、本ホームページのトップ・ページに戻り、「メールマガジン申込み」の紫のボックスをクリックすると、「ガンジー村通信」のトップ・ページが出てきます。そのページのなかの「バックナンバー」の後の「すべて公開」をクリックしていただくと、ページが変わり、右側に過去の記事の一覧が日付順で出てきますので、そこから2005年1月26日以降に発行された号を開いていただくと、私たちとネット右翼や自衛隊関係者との激しいやりとりを読むことができます。





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> 私は、ガンジーの会の活動に賛同する市民です。
> 本日(2013年10月26日付け)朝日新聞社説によると、陸上自衛隊の情報保全隊が、自衛隊のイラク派遣に反対する市民らの情報を集めていた事実を紹介しています。
> http://www.asahi.com/paper/editorial.html?ref=com_gnavi
>
> 朝日新聞社説 2013年 10月 26 日(土)付
>
> (抜粋)
>
> ■市民も無関係でない
>  2007年には陸上自衛隊の情報保全隊が、自衛隊のイラク派遣に反対する市民らの情報を集めていたことが明らかになった。こうした個人の情報が、知らぬ間に特定秘密にされてしまう可能性だってある。
>  いったん特定秘密に指定されてしまえば、将来にわたって公開される保証がないことも大きな問題だ。
>
> (抜粋ここまで)
>
> 日本共産党のHPによると、ガンジーの会は自衛隊による監視の対象になっていないようですが、ガンジーの会が監視の対象になった形跡はあったのでしょうか。
> http://www.jcp.or.jp/tokusyu-07/19-jieitai/index.html
> 情報保全隊監視団体一覧(PDF形式)を添付しました。
 

自衛隊がイラク派遣に反対する市民団体を監視(10月26日付-朝日新聞社説より)

 投稿者:CK  投稿日:2013年10月26日(土)06時42分11秒 124-148-45-141.dyn.iinet.net.au
返信・引用
  私は、ガンジーの会の活動に賛同する市民です。
本日(2013年10月26日付け)朝日新聞社説によると、陸上自衛隊の情報保全隊が、自衛隊のイラク派遣に反対する市民らの情報を集めていた事実を紹介しています。
http://www.asahi.com/paper/editorial.html?ref=com_gnavi

朝日新聞社説 2013年 10月 26 日(土)付

(抜粋)

■市民も無関係でない
 2007年には陸上自衛隊の情報保全隊が、自衛隊のイラク派遣に反対する市民らの情報を集めていたことが明らかになった。こうした個人の情報が、知らぬ間に特定秘密にされてしまう可能性だってある。
 いったん特定秘密に指定されてしまえば、将来にわたって公開される保証がないことも大きな問題だ。

(抜粋ここまで)

日本共産党のHPによると、ガンジーの会は自衛隊による監視の対象になっていないようですが、ガンジーの会が監視の対象になった形跡はあったのでしょうか。
http://www.jcp.or.jp/tokusyu-07/19-jieitai/index.html
情報保全隊監視団体一覧(PDF形式)を添付しました。
 

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